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お母さんが働くということ

ろりぽっぷ 926号 2014年10月17日

ろりぽっぷ926号
母親が社会に出て働くという事は古くて新しい問題でもあります。ちまたでは女性が働きやすいようにハード面での整備が進められていますが、実際に子育てをしながら働く女性の大変さや悩みなどは後回しにされているように思います。
子育ても一段落したし、そろそろ仕事を考えてみようかなというお母さんもきっといるはず
そこで今回は、子育てと仕事についてです。
私が、お母さん達と同じ30代半ばの頃、子育てをしながら仕事をすることについて、悩んでいた時期がありました。その頃の思いを古いファイルから取り出して、ご紹介してみようと思います。

ある日の新聞から

共働きを辞め家にいるようになってから6年、今だに一時休業のつもりでいるものの、再就職する気力もあてもなく日々が過ぎていく、そんな中で、新聞の子育て論争は、またもや埋もれていたはずの仕事への炎がくすぶりだすきっかけを作りました。
夫と田中澄江、樋口恵子両氏の意見を話し合い、私と夫の考えの違いをみた時、これを納得させて仕事に出るのは並大抵のことではないと思い知りました。

辞めて一年間は、毎夜のように仕事の夢をみました。それは長男の大病などで、両立のむずかしさ、苦しさに打ちのめされて、子供のためにも自分自身のためにも家に入った方が良いと判断した私には不思議にさえ思えました。時間に終われた日々から一挙に我が子だけのために過ごす時間それは喜びでもあり、反面、仕事に対する充実感を感じていた私には、認められることのない黙々としたあてどのない心の戦いでした。
なぜ仕事をしたいのか?子どもはどうするのか?母親不在の子どもの性格への影響は?そこまでの困難を排して働いてもそれに見合うだけの収入が望めるのか?
つき詰められると夫を納得させるだけの決めてがなく、すごすごと引き下がるしかない私。
友人と会えば、仕事への乾きを語り合い、何とかチャンスを得たいと思いながらも、3年、4年とたつうちに今はどうにもならぬと観念して、心を穏やかにする方法も身につけました。

『共働き』か『家庭』か

劇作家、田中澄江さんの提言

私があこがれる母親像は、自分のそばに子供を置き、子供の発達を手で確かめ、目で確かめて、子供の栄養になるものを自分でつくり、子供に埋没している母親である。
私自身は決してそれには及ばないまでも、自分の命のありったけを子供に注ぎたいと思っている。現実には仕事で成功するよりも、特に子供にとってよい母親でありたいと思っている。
共働きで、子供のことも忘れて働くこと一すじという母親が増加しているけれど、(かつて外に出て働いた際)話を聞き、シナリオ書きなど、やめたくなった。
よく家庭の中にいるだけの女は社会とのつながりがないというけれども、子供を社会に送り出すためのしつけを行っていることは、実に立派な社会参加ではないだろうか。

評論家、樋口恵子さんの反論

「子供は親の後ろ姿をみて育つ」という言葉が私は好きだ。共働きはいまに限ったことではなく、農耕民族である日本人はいわば一千年来の共働きの歴史を持ってきた。農作業に取り組む母親の後ろ姿をみて、必死になっていろんなことを学んできたのが、これまでの子供だった。
子供なんて少しは不幸せでもいいじゃないかと私は思う。母がいない中で、子どもは人の動きを察する力を身につけ、ご飯をたくことも身につける。親の温かい愛は必要だが、子供がつらさやさびしさといった適度な逆境に立ち向かい、それを克服できるように見守ってやるのが真のしつけというのではないだろうか。親は子供に何もかも吸い取られないよう、自分の生きる場を持つべきだ。

今週のろりぽっぷ子たち

ライブ!芋ほり 10/17(金)

芋ほり

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